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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)426号 判決 1998年7月29日

原告

大阪京阪タクシー新労働組合

右代表者執行委員長

逆井俊之

右訴訟代理人弁護士

國本敏子

梅田章二

被告

大阪京阪タクシー労働組合

右代表者執行委員長

永田伝八

右訴訟代理人弁護士

上坂明

崎岡良一

小出一博

葛井重直

主文

一  被告は、原告に対し、金二三七一万七六五〇円及びこれに対する平成一〇年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨(ただし、原告は、主文第一項の附帯請求の起算日を、本件訴状送達の翌日としているところ、本件訴状が被告に送達されたのは平成一〇年一月二八日であることが記録上明らかである。)

第二事案の概要

本件は、原告が、別紙一覧表<略>「組合員氏名」欄記載の組合員ら(以下「別紙組合員」という。)から、かつて同人らが被告加入時、闘争預金及び特別闘争預金(以下「闘争預金等」という。)として被告名義で積み立てていた同一覧表「債権者譲渡金額」欄記載の金員の払戻請求権を譲り受けたと主張して、被告に対し、その払戻しを請求した事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告及び被告は、ともに訴外大阪京阪タクシー株式会社従業員で組織する労働組合であり、原告は平成九年二月九日、被告を脱退した組合員で組織された。

2  被告の労働金庫対策委員会規則(以下「労金規則」という。)一〇条によれば、被告組合員は一律に五〇〇円を闘争預金として、また、LPG手当のある組合員は一律に一〇〇〇円を特別闘争預金として継続して貯蓄することとされている。

別紙組合員は、かつて被告組合員であったところ、別紙一覧表「債権者譲渡金額」欄記載の金員を闘争預金等として積み立てた。

3  闘争預金等は、被告名義で預金されているが、毎年の被告定期大会議案書において「積立金個人別明細書」として個人別に一覧表として公表され、労働金庫においても個人別に管理掌握されている。従前、これらの預金は組合員の退職時及び組合員が管理職に昇進して組合員資格を喪失した時には払い戻されてきた。なお、労金規則には、闘争預金等を組合の闘争資金に流用するという規定はない。

4  別紙組合員は、被告を脱退し、被告に対し、平成九年一二月二七日到達の内容証明郵便にて各人の闘争預金等の払戻請求権を原告に譲渡する旨通知した。

二  原告の主張

1  闘争預金等は、労金規則五条において預金の一種と明記されており、組合財産ではなく純然たる組合員個人の預金であり、労金規則八条によれば、預金は組合員が「退職その他により組合を脱退したとき」に払い戻すこととさている。

闘争預金等は、被告名義で預金されるとしても個人別に管理掌握されており、これまでも組合員が退職した場合のみならず、管理職となり組合員資格を喪失したときには全額払い戻されてきた。

労金規則一二条が、闘争預金等の利息は払い戻さないと規定しているのは、その本来の使命から利息の限度で組合財政に寄与することを認めたに過ぎない。

2  別紙組合員は、被告を脱退したことによって預金払戻請求権を取得し、これを原告に債権譲渡したのであるから、被告は、原告に対し、別紙一覧表記載の預金額合計を支払う義務がある。

三  被告の主張

1  闘争預金等は、その名称から明らかなとおり、組合の闘争資金として積み立てられるものであり、組合財産である。

闘争預金等は、被告名義で預金されており、これまでの運用上も組合の闘争資金として利用されたことがあり、さらに労金規則一二条は、闘争預金等の払戻事由があるときでも、利息については払い戻さない旨明記し、利息は従前より被告組合運営資金として運用されてきているのであって、これらは闘争預金等が組合員の個人預金ではなく組合財産であることを示している。

前記労金規則一一条は、闘争預金等について「大会及び中央委員会決定。退職」以外払戻ししないことを規定しており、規定上明らかな退職の場合を除き、これまでに組合員が管理職となり組合員資格を喪失した場合の払戻しも中央委員会の審議議決を経てきたものである。

原告が根拠とする労金規則八条の規定は、その規定の位置内容からして普通預金の払戻しについて規定したものに過ぎない。

2  仮に、闘争預金等が組合財産でないとしても、組合の闘争力の経済的基礎となる闘争預金等については、組合の団結を強固にするという制度目的からしてその払戻しに合理的な制約を課すことは許されるところである。労金規則一一条はこのような観点から闘争預金の払戻事由を「大会及び中央委員決(ママ)定。退職」に限定しているのであり、被告を離脱して別組合を結成することは組合の団結を乱す行為であって、このような者に対しては被告は払戻しを拒みうるものである。

第三当裁判所の判断

一  闘争預金等が被告組合員の個人預金か組合財産か否かについて

1  証拠(<証拠略>、労金規則)によれば、労働金庫対策委員会は、会員の「生活相互扶助、福利増進の安定を図ること」を目的として被告組合員をもって組織されるものであり、労金規則は、会員の預金及び会員へのローン貸出しの斡旋を規定しているところ、同規則によれば、闘争預金等も、同規則が取扱対象とする「貯金」の一種として明記され(五条)、組合員が「貯蓄」し、「預金」するものとされ(一〇条、一一条)、元利を区別して「元金」のみの「払戻し」が予定されている(一二条)ことが認められる。加えて、労金規則には、闘争預金等を組合の闘争資金に流用するという規定はないこと、従前の運用においても、闘争預金等は毎年の被告定期大会議案書において「積立金個人別明細書」として個人別に一覧表として公表され、労働金庫においても個人別に管理掌握されてきていること(退職時等の払戻しに備えるためだけであるならば、このような運用は必要ない)、これらの預金は組合員の退職時及び組合員が管理職に昇進して組合員資格を喪失した時には払い戻されてきたことは争いがなく、これら労働金庫対策委員会の趣旨目的、労金規則の文言及び運用の実態からすると、闘争預金等は組合財産ではなく組合員の個人預金と解するべきである。

2  被告は、その名称や被告名義で預金されていること、組合資金として運用した実績があること、退職以外の場合の返還には中央委員会の決議を経てきたこと、利息が組合に帰属すること等を根拠に闘争預金等が組合財産であることを主張している。

しかしながら、名称や預金形態から組合財産か否かを決することはできないし(弁論の全趣旨によれば、個人預金であることに争いのない労金規則上の普通預金も被告名義で預金されていることが認められる)、利息を返還しないとすることも却ってその限度でのみ組合財産とすることを明記したとも解され、被告への拠出が明示されていない「元金」の個人預金性まで否定する根拠とすることはできない。

また、証拠(<証拠略>)によれば、かつて、被告が特別闘争積立金を、闘争中の生活資金借入の担保に供したことがあることが認められるものの、そのような運用の許否については争いのあるところであり(原告は、これを横領背任行為と非難している)、少なくとも、組合員退職の場合には何らの手続きを経ることなく被告は返還義務を負うことになるのであるから、返還義務に支障を来す運用は許されないものと解され、そのような制限のない他の組合財産とは明らかに性格を異にするというべきである。

さらに、被告は、従前組合員が管理職に昇進した場合の払戻しにつき、中央委員会の議決を経てきた証拠として(証拠略)を提出しているが、右書証からは組合員の管理職昇進が中央委員会の議題とされてきたことは認められるものの、それ以上に闘争預金等の払戻が決議されてきたかは必ずしも明らかでないうえ、仮に、被告のいうような決議がなされていたとしても、弁論の全趣旨からして中央委員会等で従前払戻しを否決したことはないと認められ、従って、退職以外の理由で被告を離脱した場合の闘争預金等の払戻請求権の有無が争われたことはないのであって、このような運用があるからといって、直ちに闘争預金等が組合財産であると帰結することはできない。

労金規則には、七条に普通預金の積立根拠を規定したのに引き続き、八条に「預金の払戻しは左の場合とする。(イ)会員が退職その他により組合を脱退したるとき。(中略)(ハ)毎年一二月に払戻をします。」と規定したうえ、九条に払戻方法、一〇条に闘争預金等の積立根拠、そして一一条に「闘争預金は全組合員が預金するものとし、大会及び中央委員会決定。退職以外は本来の使命に従い払戻はしないものとする」と規定されており、被告が主張するように、第八条は規定の位置からして第七条を受けた普通預金の払戻規定に過ぎないとも読めないではないが、他方、第八条は払戻対象となる預金に何らの制限を加えておらず、組合員資格が存続する限り、毎年一二月に預金は全て一旦払い戻すが、組合員が退職その他により脱退した場合には時期に拘わらず払戻しを行うこととする預金払戻しについての一般原則を規定したものであり、この一般原則に対し、一一条は闘争預金等について、その特殊性から毎年ごとの払戻しは行わないことを定めた例外規定と解することも十分可能である。労金規則一一条が、闘争預金等について、退職以外の払戻しを中央委員会等の決議判断に委ねたものと解するか否かは、むしろ、闘争預金等が個人預金か組合財産かの判断により決せられるべきことというべきであって、上記のとおり、これを個人預金と解するときは、組合員が組合を脱退して組合との関係を絶ったときには組合員資格においてしてきた預金は払い戻されるのが当然であり、従って、同条は、組合員脱退の場合の返還拒否についてまで規定したものではなく、前記の限度で労金規則八条の原則に対する例外を規定したものであると解するのが相当である。

二  脱退して敵対する組合を結成した者に払戻ししないことの合理性について

被告は、闘争預金等の性格上、組合の団結を乱す脱退者に払戻しをしないことには合理性があるというが、前記のとおり、労金規則一一条は組合員の資格喪失の場合の返還拒否の判断を中央委員会等の決議に委ねたものとは解されないから、右決議をしないことに合理的理由があるか否かを問わず、組合員が被告を脱退した場合に闘争預金等の払戻しをしないことは許されない(闘争預金等を個人預金と解するときは、脱退した組合員には本来返還されるべきものであり、その積立額も相当多額に昇っているのであって、別組合設立を理由に被告を脱退する組合員にはこれを返還しないとするときには、労働者の組合脱退の自由を制限することになりかねず、このような観点からしても、労金規則一一条が脱退の場合の払戻しを中央委員会等の決議に委ねていると解することに合理性があるとはいえない)。

三  以上によれば、被告に本件闘争預金等の払戻義務がないとする被告の主張には根拠がないというべきであり、別紙組合員らは、被告を脱退したことにより、労金規則八条に基い(ママ)て闘争預金等の払戻請求権を取得するものと解されるところ、証拠(<証拠略>)によれば、別紙組合員は、前記闘争預金等の払戻請求権を原告に譲渡したことが認められ、その旨被告に通知されたことに争いがないから、本件請求は理由がある。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年六月一七日)

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 松尾嘉倫 裁判官 森鍵一)

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